JFAニュースです。
「* 奥多摩 秋川の天王岩の駐車場について、以下の情報が寄せられました。
あきる野市・天王岩の駐車場ですが、岩場上の駐車スペース(神社前はトラロープが張ってあるので、そこから上手に50m程度行った、肥料会社作業場前のスペース)に駐車させて頂いたところ、そこの従業員の方から「ここに停められては困る。ここは会社の敷地でありいつも迷惑している・・・・」
とのことです。 詳細は下記HPから
http://homepage2.nifty.com/jfa/news/news.htm
2010年3月28日日曜日
城が崎かめの手、いさり火、海がめ、バンブー北 3月27日
天気はまずまずでしたが、風は少し涼しい(やや寒い)ときも。汗ばまないためクライミングには最適。
富戸駅から歩いて、坂道を下っていくと民宿つたや の看板の見える左方向への分岐が見えます。
バンブー北の磯や、ビラエリへはこちらから。
カメノテには、そのまま少し下って伊東市農協JAの看板のある分岐で左後方へ進みます。
少し歩くと、竹林が左手に見え、民家横の磯に降りる道をたどると、すぐにカメノテエリア手前の磯に。
ここの右手に見える低い壁は「バンブー」(バンブー北の磯 とは別物)で、短いですがきれいなクラックが走っています。
ここからは、カメノテはまだ見えません。
カメノテは、磯の左手先の岬を回り込んだところで、回り込むと、写真の岩場となります。
ここをさらに右手奥に行くと右隣の岬の左側に磯に降りるフィックスロープがかかっていますが、これは、バンブー北の磯への降り口です。
ここは時期によっては、波がビレイ地点まで来ることもあり、要注意。
すでに先客が6名くらいおり、われわれは、あいていた ドラゴンフライ10.a を1本登ったところで、波が近くまで来はじめたため、ここをあきらめ(以前別のエリアで頭から波をかぶったことあり。)、近くのいさりびエリアに移動。
磯にはすでに、知人2人とクリフスクールと保科スクールとで、10数人の大賑わい。
ここは、日中日が当たり広々としていて快適。
メインのラインはすでにスクールでトップロープがすだれ状なので、左手の一見パットしないサンデークラック 10a にトライ。
これは、クリフのトラッド紹介HPにもあるとおり、10aのグレードは間違い。
上部の抜け出しが悪く、オンサイトなら10dくらい、ムーブがわかっても、10cくらいの感じのルート。
しかし、ルート自体は面白く、トップロープでもトライ価値あり。
2便目にレッドしてその後は右隣のルート下部のボルダー課題にトライ。杉野氏がマットを貸してくださり、これも結構面白く、ハンドジャムのいい練習になりました。
この後さらに近くの海がめエリアに移動し、マーズを見に行きましたがここは、懸垂でないと行けず、波が磯まで来ていたので、手前のクリフサイドマンション横から眺めるだけに。
まだ3時前で時間があったので、さらにDさんの希望でバンブー北の磯を見に行くことに。
ここは、アプローチが一部民家の敷地なので、断って通してもらい磯への懸垂ポイントに。今後は通行禁止になってもおかしくないので、別のアプローチルートが必要かも。
その際は、先ほどのカメノテエリアの磯に降りる途中から左手に分岐するふみ後があったので、これをたどってみるのも1案かも。
1日で4箇所をめぐる充実のクライミングDAYでした。
他の写真はこちらから
2010年3月21日日曜日
あかねの浜 クラック講習 3月20日
春眠暁を覚えず どころか、まだ風がうなりをあげ、朝は5時過ぎに目覚めてしまいました。雨も降っています。(その後やみましたが・・・)
昨日20日は、城が崎 あかねの浜吉田クラック講習。浜は強風はあったものの、講習自体は日も長くなり、ルートも手ごろなもので、講習生3人でかわるがわるトライし5時近くまで登りました。
(写真は、崩壊寸前のバランス オブ ロックス?仮称 の手前のフェース(11bくらい?)を登るSさん。 )
その後電車に乗ったら、強風のため電車は伊豆急、東海道いずれも大幅な遅れ、最後に京葉線で風速25m以上ということで、運行見合わせになり、自宅まで歩き(途中でなんとかタクシーも拾い)やっと帰宅したのが、0時30分でした・・・・
※ 「ロクスノ」今季号。昨日の運転見合わせ中は電車の中でずーっと読んでいたので、時間待ち気にならず助かりました。
巻頭の吉田和正氏初登マーズの記事。佐藤裕也、平山ユージの第2,3登。さらにユージの初レッドポイントも。
21年前の14a、当時世界最難のクラック、数十日をかけての吉田氏執念の初登、う~ん、吉田恐るべし。そのルートをたった、3日でユージはレッド・・・ユージ恐るべし。
奥多摩 日原の釣り場トラウト カントリーのボルダー記事、日原御前岩再開への交渉経過がわかり、参考になりました。 技術的な記事、終了点設定の記事、ジャック中根の薀 蓄、参考になります。
世界の岩場、メキシコの巨大ケーブ紹介記事、ジャックの米国 アラバマ ホースペンズ40のボルダー紹介。なかなか面白です。
http://homepage3.nifty.com/w-katsu/index.html
2010年3月13日土曜日
シーサイド 風強し 3月13日
2010年3月11日木曜日
雪の聖人岩 3月11日
今日聖人岩に行ってきたT 氏からの情報では、 足元ぐちゃぐちゃ。 6センチ積雪とか。 車駐車用の路上脇は除雪なしで、車は下方の駐車場へ・・。
「山斜面は一面白色。 アプローチ道倒木あり枝薮くぐりあり、・・・ 長靴良し、とのこと。岩肌乾き、ホールドは花粉油か・・ヌルッ気あり、午後から若干の染み出しあり。 ・・ 今日の岩肌は冷たかった。」そうです。
「山斜面は一面白色。 アプローチ道倒木あり枝薮くぐりあり、・・・ 長靴良し、とのこと。岩肌乾き、ホールドは花粉油か・・ヌルッ気あり、午後から若干の染み出しあり。 ・・ 今日の岩肌は冷たかった。」そうです。
2010年3月6日土曜日
湯河原 まく岩 正面壁は登攀禁止 3月6日
JFAニュース( 3月5日 )からです。
「* 幕岩正面壁については、2年前にてんとう虫ロックで発生した落石をきっかけに、正面壁からてんとう虫ロック一帯が地元行政により立入り禁止となり、その後、正面壁については解除となったことをお伝えしました。
* それが最近になり、この正面壁の立入り禁止の解除について・・・」
ということで、実は、正面壁の禁止解除はクライマー側の誤解で、解除はされていなかった、ということです。
地元との摩擦防止のためにも、今後は正面壁の登攀は控えなければなりませんね・・・・。
残念です・・・・・
http://homepage2.nifty.com/jfa/news/news.htm
「* 幕岩正面壁については、2年前にてんとう虫ロックで発生した落石をきっかけに、正面壁からてんとう虫ロック一帯が地元行政により立入り禁止となり、その後、正面壁については解除となったことをお伝えしました。
* それが最近になり、この正面壁の立入り禁止の解除について・・・」
ということで、実は、正面壁の禁止解除はクライマー側の誤解で、解除はされていなかった、ということです。
地元との摩擦防止のためにも、今後は正面壁の登攀は控えなければなりませんね・・・・。
残念です・・・・・
http://homepage2.nifty.com/jfa/news/news.htm
2010年3月1日月曜日
3月2日 NHK白妙の岩場
今日、白妙に行っていたMさんからの情報で、
「明日3月2日(火)12:20~12:45の予定で NHK総合テレビの生中継で ふるさと一番『命を救え!』山岳救助隊 訓練中~東京都奥多摩(白妙橋の岩場) が放映され」 るそうです。
昼休み、ぜひご覧下さい。
「たまたま今日白妙橋で岩トレ中に、奥多摩警察の山岳救助隊がリハーサル中だった」とのことです。
http://homepage3.nifty.com/w-katsu/index.html
「明日3月2日(火)12:20~12:45の予定で NHK総合テレビの生中継で ふるさと一番『命を救え!』山岳救助隊 訓練中~東京都奥多摩(白妙橋の岩場) が放映され」 るそうです。
昼休み、ぜひご覧下さい。
「たまたま今日白妙橋で岩トレ中に、奥多摩警察の山岳救助隊がリハーサル中だった」とのことです。
http://homepage3.nifty.com/w-katsu/index.html
2010年2月28日日曜日
城が崎 津波警報が・・2月28日
写真は24日のもの。
昨日、遠く離れた南米チリでM8.8の大地震が発生し、今日の午後には日本も津波の発生危険があるとのことで、太平洋沿岸には津波警報が発令されていました。
幸い?朝からの雨模様で、岩場に向かった人はいなかったのでは・・・、と思いますが、もし天気がよくてニュースを知らずにクライマーが大勢磯に降りていたりすると、地元の顰蹙ものになってしまうところでしたね。
各地の津波は数10センチメートル程度で、大きな被害は出ていないようですが、
「津波はただの波ではない。それは洪水であり、すべてを押し流してしまう。」
「第1波よりも次の2波,3波のほうが高さを増してくることが多い。」
「今回のように津波襲来まで時間がある場合は自動車での避難も可。臨機応変に」
「避難の時間がなく、建物に残る場合は鉄筋コンクリート構造の2階以上に。木造は津波で破壊される。」
「予報は外れることが多いが、訓練と思って、避難すれば、津波が来なくても避難の意味はある。」
等々の教訓を再確認です。
2010年2月25日木曜日
初夏のシーサイド 2月24日
今日は懸案のサイクロンを登りに。前回は体がよく動いて、あと一歩か、と思えたのですが、今日はさっぱりでした。4便ほど出しようやく抜け口のムーブがわかってきました(気がします。)。今回は、クラッククライマーのI さんが付き合ってくださり、いい練習になりました。
明日は、アストロドームのモータードライブにトライとのこと。サイクロンは初めてだそうですが、3便目でピンクポイントを決め、さすがの強さ。女性のAさんも参戦し、何度かムーブを探るうちにムーブを解決。さすがにフェースムーブのルートには強いですね。
おかげさまで、今日はいい練習ができました。天気がよければ日曜日にケリをつけたいところですが・・・。
2010年2月20日土曜日
スコーピオン 2月20日
2010年2月14日日曜日
奥多摩 白妙 2月14日
週末は、休養中でしたが、Mさん、Sさん、I さんたちは白妙に行ってきたそうです。
Mさんのメールでは、「廻りは雪景色の中でのクライミング。気温2~3℃での初めてのクライミングで、久々に引きたて役5.11b/cを練習したとか。
白妙は総勢8人で比較的空いていたとのことですが、二子の常連者ばかりだったとのことです。
次の日曜日は湯河原幕岩でゲイシャワルツを決める予定とのこと、頑張ってください。
Mさんのメールでは、「廻りは雪景色の中でのクライミング。気温2~3℃での初めてのクライミングで、久々に引きたて役5.11b/cを練習したとか。
白妙は総勢8人で比較的空いていたとのことですが、二子の常連者ばかりだったとのことです。
次の日曜日は湯河原幕岩でゲイシャワルツを決める予定とのこと、頑張ってください。
2010年2月7日日曜日
富戸 ビラ(別荘地)エリア 2月 6日(土)
今日の講習は、富戸の新エリア、ビラ(別荘のがけ下)エリアでした。10mほど懸垂でおりた、ミニアストロドームのようなルーフがあるところで、12a程度のルートのクラック1本と、いくつかのクラックのボルダー(低いドームのルーフです 3級前後 その他開拓し放題?)があり、なかなか楽しめます。
右奥のドームはかなり奥行きがあり、まだまだプロブレムができそうです。
午前中は日差しが入り暖かでした。
帰りは、懸垂用の吉田氏が固定して置いたロープをユマールで登り返し。ずいぶんひさしぶりにユマールしました。ボルダーマットも事前にこのロープで引き上げて回収。
富戸駅から案外近く、バンブー北の磯からもすぐのところですが、上からは下の磯が見えないので初めての方にはわかりにくいと思います。ユマール用の登高器を忘れずに。
他の写真は下記HPから。http://homepage3.nifty.com/w-katsu/index.html
2010年1月30日土曜日
奥多摩 御前岩 1月30日
ただのサクラのつもりだったのですが、参加は20名くらいで、トータル80kgのコンクリート製のほこらを40kg、30kg、10kgに3分割し、前の2つは鉄パイプに釣って2人づつで担ぎ、わたしも最初の150m、途中の50m、最後の30mくらいを担ぐことになり、いい体験になりました。足場の悪い山道を皆さん交代でご苦労様でした。
ユージ、室井登喜男、草野俊達等の各氏も参加し、奉納後は駐車場のある鱒つり場の2階座敷で簡単な祝宴がありました。
ただ、奉納式の最後に岩場使用に反対の地元 O氏(82歳)がやってきて、「地主の了解を得ずにこんなことををするのはおかしい、妻も反対だ。」と演説し、山道の途中まではその奥さんもやってきて、「ここには何人も地主がいるのにその了解を得ていないじゃないか。山火事の心配がある。山道から下の生活道路に落石の危険もある。自分は、絶対反対だ。」と強硬にわめきちらし、なかなか簡単ではないようです。
関係する権利者には了解をとっているのですが、なんとしても反対だ、の一点張りでまだまだ時間がかかるでしょう。法的問題はクリアーしているのですが、強硬突破はしたくないとのことで当分は様子を見ながら・・・。
明日は、ここの河川敷でボルダーセッションがあり、その係員をやることになりました。
釣り客優先ですので、トラブルのないように気を使います。
他の写真は下記HPから。http://homepage3.nifty.com/w-katsu/index.html
2010年1月29日金曜日
パソコン復活 1月23日富戸バンブー
写真は12a のクラックを登る吉田講師。
さすがにこれは厳しい。
しかし、参加者のI さんは最後のトライで見事ピンクポイント。
私ももう少しがんばらねば・・・・。しかし、ジャミングの手が結構痛いです・・・。
ここは、東向きのエリアで昼前からは日があたらなくなりますので、1枚多めに着込んでゆき、正解でした。
磯へ降りる懸垂用ロ-プがすっかり痛み、芯が出てバラバラになっていました。
行かれる方は自分のロープで降りたほうがいいでしょう。
登り返しは、ほかの結び目のあるロープか、途中までの短いロープをつかんで登れます。
フリーでも、問題ないですが・・・。
家に帰ってきたら、パソコンがいきなり再起動の繰り返しで、ダウン。
NECとニフティに電話し、1度復活しましたが、ウイルス対策ソフトを再インストロールしたらまたダウン。
どうやら、ウインドウズXPの十分なアップデートをせず(2001年製)にウイルス対策ソフトを入れてしまったのが原因のようで、2度目は十分にアップデートをしてからソフトを入れたら、今度は問題なしでした。
しかし、C ドライブに記録していた種々のデータはリカバリー操作のためすべて消去され、その後の処理にずいぶん手間をとられてしまいました。
油断せず、週1回は外付けハードデスクにバックアップをとりたいと思います。
2010年1月17日日曜日
シーサイド 60人 1月16日
今日の城が崎は曇り気味で少し寒く感じましたが、
登りには支障なし。
登りには支障なし。
10時過ぎの遊歩道からの降り口は10名程度の行列が。
これまでに見たこの冬一番の混雑。エリアには60名以上が集まっていました。
今日は吉田氏のクラック講習で、右のサンライズエリアのイントロダクションとアーリ-タイムズでアップ後、昼過ぎからサンセットエリアにあるクラックのサイクロン11c にリードトライ。
前回12月にトライしてイメージはできていたつもりで、2便だしましたが、あと一歩でテン ション。
最後の手順がつめていなかったのが原因。
次回はいけそうです。
帰りは一足先に3時20分ころ引き揚げ、登り返しに。すでに3名おり、私の後からは5人ほど並び始めました。今日は60名以上でしたので、渋滞は大変だったのでは。
勝井塾や篠崎スクールも来ていましたね。
2010年1月11日月曜日
城が崎 1月10日
日曜日は城が崎シーサイドに行ってきました。
連休2日目とあってか、伊豆高原駅で降りるクライマ-は他に見当たらず、拍子抜け。
しかし、岩場に下りると、さすがに連休、今シーズン最多の50人以上がおり、各ルートとも順番待ちでした。
関西方面からのクライマーもいましたが、なんと北海道から連休で登り来たと言うA元さんに遭遇。
以前桂林・陽朔クライミングで現地で知り合った方で、この連休を使ってわざわざ登りに来たとのこと。
ご苦労様なことです。(陽朔クライミングは下記HPから)
しかし、なんと物好きなことか・・・って、はるばる中国やタイ、アメリカまで登りに行ってるやつに言われたくないって・・・ですね。
今日の岩場は風がなく暖かい陽射しで、ようやくいつもの城が崎でした。
M さんは、フック船長でアップ後ホワイトシャークにトライ。
やはり最初の核心の下部テラス上の部分が難所になっていました。
もう少し時間かかりそうですね。
私は、とりあえず空いていた隣のピスタチオの下部にトライしましたが、やはり下部の乗っこし厳しいです。次にやはり空いていたパンピ-1にトライ。核心が3箇所ほどありこれも厳しいですが、ピスタチオよりは可能性大です。長くてムーブも変化に富み、面白いですね。
問題は帰りの登り返しでした。
3時20分頃引き上げたのですが、すでに10人くらい列ができており、自分たちがようやく取り付きに到達したときには、20分以上過ぎていました。我々の後ろにはさらに30人くらい並んでいました。
登り返しの靴はクライミングシューズのほうが安全でしょう。
(11日の登り返しで、下部で2mくらい転落した人が出たとのこと。怪我はなかったようですが、くれぐれもご用心。)
他の写真は下記HPから。http://homepage3.nifty.com/w-katsu/index.html
2010年1月5日火曜日
城が崎 12月31日から1月3日
明けまして、おめでとうございます。
31日から3日まで城が崎に行ってきました。
クライマーは例年の2~3割減でした。前半はSさん、Tさんとシーサイド。
2日,3日は吉田さんの講習で、2日は こばい、あかねの浜、3日は日蓮崎に行ってきました。
2日のあかねの浜では11cクラックのゴミステーションにトライ。
前回はバンブー北の磯の濡れたクラックに苦労しましたが、今回は乾いていて気持ちよかったです。
写真の崩れそうなアーチがあるところの反対側です。3年くらい前まではもっと小さい穴だったらしいですが、こんなに大きく不安定に。そのうち崩壊するでしょう。見るなら今のうちです。
来週以降もいくつか講習予定です。
本年もよろしくお願いします。
他の写真は下記HPから。http://homepage3.nifty.com/w-katsu/index.html
2009年12月29日火曜日
城が崎 12月26,27日
土日は城が崎に行ってきました。
土曜日は吉田氏のクラック講習。
はじめは波立ちエリアのタコ の予定でしたが、朝までの雨で濡れており、急遽 バンブー北の磯 へ。
ここは、民家(別荘)の庭先を横切ってのアプローチですが、挨拶し一言断ればOKとのこと。開拓時は何もなかったのがその後の開発で家が建て込んできたとのこと。
バンブー北の磯は、懸垂で西側の磯におり、低い(1m前後)ドームの下をくぐって東側にでればそこがエリア。このドームの中にもボルダリングの課題やリード課題の 熱川ダンサー 11c があります。
東側の壁には、火の鳥11a やクラックのバイタミン 11a? があります。
この日は、雨の後でクラックはやはり染み出しで濡れていましたが、なんとか登れ(1グレード以上難しいが)、いいクラックの練習になりました。
ドームの中はボルダリングもできるので、吉田氏は2枚のマットを持参。(崖のうえから磯にほうり落とし、帰りはロープで引き上げ。)
こちらもクラックの厳しい課題があります。
夜は国道沿いの日の出家 に1泊。ここは旅館で、1泊8400円。いつもの大重丸やいさお丸が満室で、ここしかあいていませんでした。
前回は、熱海まで戻ってビズネスホテルの東横インに6500円でとまったのですが、往復の交通費を考えると、ここでもいいかと・・・。3名しか泊まっていませんでしたが、YFクラブの講習生も居ましたね。
27日の日曜日はMさん、Sさんとシーサイドへ。
年末とあって、前回よりは人も多く40人前後。それでも、去年の大混雑を思えば、がらがら?左側の10台のルートは、午前中のアップ時のみ混んだだけで、午後はがらがら。
はじめにルーズガールでアップ。カムは持ってこなかったので、はるか上のボルトまでフリーソロで。ま、5.7くらいなので、問題はなし。
ホワイトシャークやタイトボーイも久しぶりに触りましたが、昨日の疲れでホワイト・・は出だしの核心からテンション。ま、このルートはすでに2度登っていますが、時間を置くとまた振出ですね。
陽射しが暑いいつものシーサイドでした。
他の写真は下記HPから。http://homepage3.nifty.com/w-katsu/index.html
2009年12月24日木曜日
映画 カティンの森 12月24日
前回、平日午前中にも拘らず満席で入場観覧できなかったポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督の「カティンの森」を、神田 岩波ホールで見てきました。
今回は、気合を入れて朝10時40分には切符売り場に並び無事チケット購入。
しかし、席は自由席なので合流したT 画伯と開場前から入り口に並び、10時50分には入場。
11時30分開演。
いままでこんなに気合入れて映画を見に行ったことはナシ。前代未聞でした。
これは、 数ある氏の作品のうちでも、最も重要であり、長らく完成が待たれていた作品であったとのことで、開演前にはすでに9割方席が埋まっていました。
さすがに年配の方が多かったですね。
物語は、第二次世界大戦中の1940年春、ナチスドイツと一時的に手を組んだスターリンのソ連に占領されたポーランドの「カティンの森」で15,000人以上のポーランド軍将校が占領中のソ連軍により虐殺された事件。劇画のゴルゴ13にもこの事件は取り上げられたことがあり、ご存知の方も多いのでは・・・。
ドイツはその後ソ連に開戦し、カティンの森一帯を一時占領。
このときナチスドイツ軍により、虐殺の現場が掘り起こされその事実が明らかになります。
しかし、ドイツの敗戦でソ連の衛星国となったポーランドではこの事件を語ることは長年タブーとなっていましたが、冷戦の終結により、少しずつ真実が公にされ始め、事件から約70年たってようやく、この映画は完成したといいます。
それにしても、1943年春、カティンで数千人の遺体が発見されたとき、ナチスドイツは記録映画を作ってソ連の仕業と宣伝しソ連を非難しましたが、ソ連は否定し、厚顔にも逆にナチスの仕業として宣伝。
まるで今の中国や北朝鮮ののプロパガンダ戦略を見る思いがします。
ソ連は、ドイツの敗戦後はナチスドイツによる犯罪として非難し、ソ連の行為と主張する人間は厳しく弾圧しましたが、冷戦後の1990年、ソ連政府は、ようやく内務人民委員部(後のKGB)による犯罪であることを認め、謝罪しました。
物語は捕虜となった将校たちの不安と家族への思い、彼らの帰還を待つ家族の思いを通して、ポーランド人の味わった苦悩が描かれていきます。
しかし、これは決して過ぎ去った過去の異国の物語とは思えません。
かつて軍事大国だった日本の隣国の朝鮮や中国が苦難を味わったように、いまやアジア最大の軍事大国であり独裁国である中国に隣接する国として、日本や台湾にもいつかこのような苦難が襲い掛かっても不思議はないのでは・・・。考えさせられる映画でした。
映画後の地下1階のイタリアン パパミラノのパスタはお勧めです。
http://www.iwanami-hall.com/contents/now/now_discription.html
今回は、気合を入れて朝10時40分には切符売り場に並び無事チケット購入。
しかし、席は自由席なので合流したT 画伯と開場前から入り口に並び、10時50分には入場。
11時30分開演。
いままでこんなに気合入れて映画を見に行ったことはナシ。前代未聞でした。
これは、 数ある氏の作品のうちでも、最も重要であり、長らく完成が待たれていた作品であったとのことで、開演前にはすでに9割方席が埋まっていました。
さすがに年配の方が多かったですね。
物語は、第二次世界大戦中の1940年春、ナチスドイツと一時的に手を組んだスターリンのソ連に占領されたポーランドの「カティンの森」で15,000人以上のポーランド軍将校が占領中のソ連軍により虐殺された事件。劇画のゴルゴ13にもこの事件は取り上げられたことがあり、ご存知の方も多いのでは・・・。
ドイツはその後ソ連に開戦し、カティンの森一帯を一時占領。
このときナチスドイツ軍により、虐殺の現場が掘り起こされその事実が明らかになります。
しかし、ドイツの敗戦でソ連の衛星国となったポーランドではこの事件を語ることは長年タブーとなっていましたが、冷戦の終結により、少しずつ真実が公にされ始め、事件から約70年たってようやく、この映画は完成したといいます。
それにしても、1943年春、カティンで数千人の遺体が発見されたとき、ナチスドイツは記録映画を作ってソ連の仕業と宣伝しソ連を非難しましたが、ソ連は否定し、厚顔にも逆にナチスの仕業として宣伝。
まるで今の中国や北朝鮮ののプロパガンダ戦略を見る思いがします。
ソ連は、ドイツの敗戦後はナチスドイツによる犯罪として非難し、ソ連の行為と主張する人間は厳しく弾圧しましたが、冷戦後の1990年、ソ連政府は、ようやく内務人民委員部(後のKGB)による犯罪であることを認め、謝罪しました。
物語は捕虜となった将校たちの不安と家族への思い、彼らの帰還を待つ家族の思いを通して、ポーランド人の味わった苦悩が描かれていきます。
しかし、これは決して過ぎ去った過去の異国の物語とは思えません。
かつて軍事大国だった日本の隣国の朝鮮や中国が苦難を味わったように、いまやアジア最大の軍事大国であり独裁国である中国に隣接する国として、日本や台湾にもいつかこのような苦難が襲い掛かっても不思議はないのでは・・・。考えさせられる映画でした。
映画後の地下1階のイタリアン パパミラノのパスタはお勧めです。
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